世田谷一家殺害事件、今年で19年。「一日も早い解決を」

東京都世田谷区で一家4人が殺害された事件「世田谷一家殺害事件」。世田谷区の住宅で宮沢みきおさん一家4人が殺害されたこの事件は未解決のまま20日で19年となる。埼玉県内にある一家の墓を訪れた宮沢みきおさんの母、節子さんは雨の中、手を合わせて事件の解決を祈った。「私が元気な間になんとか犯人を捕まえてほしい」警視庁は、引き続き情報提供を呼びかけている。
世田谷一家殺害事件、異常な犯行
2000年12月31日午前10時50分ごろ、隣に住む泰子さんの母親が一家に内線電話をかけても応答がなかったため、不審に思い訪ねたところ無惨な4人の遺体を発見した。
犯人は2000年12月30日夜、宮沢さん宅のフェンスをのぼり、浴室の高窓から侵入したとされる。網戸がすぐ下に落ちていたことや、足跡、フェンス近くの木の枝が折れていたから判った。

なんなく侵入した犯人はまず浴室のすぐ隣りの子ども部屋に寝ていた礼君に布団をかぶせて窒息死させた。続いて、1階の書斎で仕事をしていた宮沢さんが物音に気づき、階段あたりで、犯人と鉢合わせしたと見られる。宮沢さんは階段下で亡くなっていた。最後に犯人は3階のロフトで寝ていた泰子さんとにいなちゃんを襲ったとみられる。階段の踊り場付近で倒れていた泰子さんはメッタ刺しの状態だった。

犯人は抵抗する宮沢さんや泰子さんともみ合いになる中で手に傷を負い、あちらこちらで血痕を残していた。宮沢さん一家にA型はいないので、犯人はA型と見られている。犯人は自前のハンカチで止血していた。このハンカチはアイロンがかけられていたという。かなり深い傷を負ったとみられる。
血のついた包丁2本は2階の台所で見つかった。このうち1本は犯人が持ちこんだもので、刃先が欠けたため宮沢さん宅の包丁も取り出したのだろう。

また犯人はタンスやクローゼットを荒らしまわり、必死に何かを探している。月末で集まっていただろう学習塾の月謝20万相当が紛失していたが、キャッシュカード、貴金属類はなぜか手付かずだった。
浴槽には切り刻まれた書類(宮沢さんの仕事や学習塾のもの)が入れられていた。書類を一枚一枚目を通して、選別していたように見られる。浴槽には財布(現金抜き)やバッグも投げ込まれ、犯人が止血に使ったとされるタオルもあった。
そして2階居間のソファにも手帳、運転免許証、カード類が並べられていた。これは口座の暗証番号にもなる生年月日を調べていた可能性が高い。

犯人は1階書斎の宮沢さんのパソコンでインターネットにつないでいる。接続したのは2回で最初に午前1時18分、2度目は同10時2分と泰子さんの母親が内線電話をかける直前まで、約11時間もこの家にいたことがわかる。履歴から、犯人は宮沢さんの会社のサイトや「劇団四季」のページを見ており、メールチェックもしている。「劇団四季」のサイトは宮沢さんが元々「お気に入り」に登録していたものだったが、犯人はそこから舞台のチケットを購入しようとしていたこともわかっている。
犯人はパソコンしながら冷蔵庫から取り出したアイス食べていたとみられ、カップが脇に残されていた。スプーンを使わず、カップを握りつぶすようにして食べていた。想像してみると、異常な光景である。インターネットに飽きたら、コンセント抜いて消し去っている。

みんなのツイート